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子宮頸がん予防の歴史と世界のHPVワクチン普及状況

作成者:北海道大学大学院 医学研究科予防医学講座公衆衛生学分野 Sharon Hanley


はじめに

子宮頸がんは世界で2番目に多く発生する女性特有のがんであり、年間約50万人の女性が新たに子宮頸がんに罹患し、27万人が死亡していると推計されている(WHO, 2007) 。子宮頸がんを根絶しようという試みは50年以上前に始まったが、それは、子宮頸部のPap Smear(細胞診)という形をとった、いわば二次予防であった。これによる定期的な子宮頸がん検診は、頸がんによる死亡をほぼ70%減らすことができると予測されている1)。

 1980年代における子宮頸がん予防の2度目の飛躍的な前進は、ハラルド・ツア・ハウゼン博士が、子宮頸がんを引き起こすヒトパピローマウイルス(HPV)を発見したことから始まった2)。 続く20年の間に多くの疫学研究が行われ、1990年代の初めにはいくつかの特定型のHPV(高リスク型HPV)が発がん性であることが示され、この型のHPVの持続的な感染が子宮頸がんを引き起こすことがわかった3)。 この発見により、PCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)のように高感度な分子生物学的診断法や、現在、欧米で広く使われているハイブリッドキャプチャー法が開発され、子宮頸がんや前がん病変になる可能性のあるHPVへの感染が確認できるようになった4)。 こうして病原性の高いウイルスを特定することにより、そのウイルスによって引き起こされる病気の予防的・治療的介入が可能となった。すなわち、高リスク型HPVの特定は、HPVの一次感染を阻止するワクチン開発を可能とし、その結果、子宮頸がん及びその前がん病変への一次予防を現実のものとしたのである。

 大手の製薬会社2社による大規模臨床試験の結果、2種類のHPVワクチンの予防的介入の有効性が示され5)6)7)、 世界的には現在すでに市場に出回っている。HPV16/18型に対する2価ワクチン(グラクソスミスクラインGSK社:Cervarix)とHPV16/18型に尖圭コンジローマの原因となるHPV6/11型を加えた4価ワクチン(Merck・万有製薬株式会社:Gardasil)の2種類である。4価ワクチンは2006年6月に米国FDA(Food and Drug Administration:米国食品局)によって世界で初めて承認され、同年8月にEUでも承認された。2価ワクチンは2006年にEUで、2009年に米国FDAで認可され、現在、両方のワクチンは世界の117カ国で承認されている。日本では、HPV 2価ワクチンは2007年9月に、4価ワクチンは2007年12月にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に承認申請が行なわれ、2価ワクチンであるサーバリックス®が2009年10月に正式に承認された。また、4価ワクチンの承認も今年中に期待されている。


子宮頸がんの二次予防から一次予防へ

マンモグラフィ検診の利益は、乳がん死亡率の減少効果である。現在乳がん検診で死亡率減少効果が認められるのは、40歳以上のマンモグラフィ検診だけである。報告によって異なるが、約20%程度死亡率減少効果があると考えられている1)。ただ、評価対象になっているのが診断能力の低いマンモグラフィを用いた古い研究であり、現状を反映していないとの批判がある。その一方、乳がん治療の進歩により、早期発見による死亡率低下は以前ほど大きな意味がないとの考えもある。死亡率減少以外の利益として、乳房温存療法の施行や化学療法の省略によるQOLの高い治療、治癒することによる社会の活性化、乳がん患者の医療費の削減などがある。


HPVワクチンの推奨年齢

HPVワクチンの対象年齢は国によって異なっているのが現状である。男性も接種対象とするオーストリア以外の国は、catch-up vaccination(巻き返し接種)を含む対象を9歳から26歳の女性としている(表1)。詳しく見てみると、11歳から13歳が最も多くroutine vaccination(定期予防接種)対象となっていることがわかる。

表1 HPVワクチンの対象年齢(歳)


HPVワクチンの財政的支援

欧米の多くの国では公費負担の制度が設定され、特に第一に接種すべき対象である思春期女子に対して、ワクチン接種は無料またはそれに近い形で保険によってカバーされている。(表2)中でもオーストリアとドイツの財政支援には興味深い点がある。オーストリアは男子へのワクチンを正式に推奨している唯一の国であるが、男子に対しての財政的支援はしていない。一方、ドイツは男子への接種を推奨はしていないが、いくつかの保険会社は男子への接種を全額または部分的にカバーしている。

表2 HPVワクチンの財政的支援


HPVワクチンの接種率

HPVワクチンの接種率が、国によって異なっているのも現状である。CDC(米国疾病予防管理センタ-)によると、ワクチン接種の推奨が始まった翌年の米国全体での接種率は25%に過ぎなかったという。一方、近接するカナダでは49%(オンタリオ州)~84%(ケベック州)と報告されている。北アメリカではHPVワクチン接種は若者の性行為を促すのではないかという性心理的な問題が他の国よりも高いようである。オーストラリアと英国では、政府の全額負担と効果的な啓発のおかげで50%前後という高い接種率を得ることができた。(図1)



図1 HPV Vaccination rates in Scotland9


HPVワクチンを普及させるため

HPVワクチンは、現在117ヶ国で手に入れることができるが、この国々のすべての女性がワクチン接種を受けられるわけではない。費用が高いために受けられない女性も大勢いるのである。  日本でも、子宮頸がんの征圧に成功するためには、貧富の差がなく接種できるよう、政府の十分な費用助成とともにHPV関連の効果的な教育が不可欠である。そうしないと、近い将来、さらに多くの出産可能な若年層の女性たちが子どもを産めなくなってしまうか、子宮頸がんで命を落としてしまいかねないのである。



 

主要文献

  • Kitchener H, et al. Chapter 7: Achievements and limitations of cervical cytology screening. Vaccine 24 Suppl 3:S3/63-70,2006.

  • zur Hausen H. Viruses in human cancers. Science 254(5035):1167-1173, 1991.

  • Bosch F, et al.Chapter 1: Human papillomavirus and cervical cancer--burden and assessment of causality. J Natl Cancer Inst Monogr (31):3-13, 2003.

  • Cuzick J, et al. Chapter 10: New dimensions in cervical cancer screening. Vaccine 24 Suppl 3:S3/90-97, 2006.

  • Paavonen J, et al. Efficacy of a prophylactic adjuvanted bivalent L1 virus-like-particle vaccine against infection with human papillomavirus types 16 and 18 in young women: an interim analysis of a phase III double-blind, randomised controlled trial. Lancet 369(9580):2161-2170, 2007.

  • Joura E, et al. Efficacy of a quadrivalent prophylactic human papillomavirus (types 6, 11, 16, and 18) L1 virus-like-particle vaccine against high-grade vulval and vaginal lesions: a combined analysis of three randomised clinical trials. Lancet 369(9574):1693-1702, 2007.

  • FUTURE II Study Group. Quadrivalent vaccine against human papillomavirus to prevent high-grade cervical lesions. N Engl J Med 356(19):1915-1927, 2007.

  • Koulova A, et al. Country recommendations on the inclusion of HPV vaccines in national immunization programmes among high-income countries, June 2006-January 2008. Vaccine 26(51):6529-6541, 2008.

  • http://www.isdscotland.org/isd/5921.php (Accessed January 9th, 2010)

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