作成者:虎の門病院 臨床腫瘍科
三浦 裕司
抗がん剤治療の進歩と免疫療法
抗がん剤の開発は日進月歩である。特に2000年以降は、発がん自体に関わる分子や、腫瘍細胞が特異的に有する分子を標的とした分子標的薬の開発が著しく進んだ。日本では、2001年にハーセプチン、リツキサン、イマチニブが承認されたことを皮切りに、2016年現在では、なんと40以上の分子標的薬が、抗がん剤として国内で承認されている(1)。 そのような中、この数年間では、免疫療法の一つである免疫チェックポイント阻害剤が、抗がん剤治療の世界にパラダイムシフトを起こしている。 1950年代にBurnetにより、がんに対する免疫監視機構の存在が提唱されて以降、これまで、多くの免疫療法の開発が試みられてきた。しかし、臨床的に抗がん効果が証明され、実臨床で標準治療の一つとして確立されたものは、膀胱がんに対するBCG膀注療法、腎がんに対するインターフェロン、IL-2療法、悪性黒色腫に対するインターフェロンと化学療法の併用療法など、限られた治療しかない。多くの免疫療法は、臨床試験で従来の化学療法を凌駕するような有効性を示せず、実験段階の治療の域を超えていない状況であった。 また、社会的にはそのような科学的根拠のない治療が、「副作用のない治療」、「がんが消えた」などとセンセーショナルに取り上げられて蔓延したこともあり、ほんの5-6年程前までは、がんを専門とする医師の間ですら、「免疫療法=眉唾」というようなイメージが存在するような状況であった。 それを覆したのが、2010年の米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology: ASCO)年次総会における、免疫療法の一つであるイピリムマブ (抗CTLA-4抗体薬)の発表であった。ASCO年次総会は、毎年3万人以上のがんの専門医が世界中から集う、がん医療に関する世界最大規模の学会である。毎回、約4000の臨床試験の結果が発表され、議論される。その中で厳選された4-5個の報告が、プレナリーセッションとして、参加者が全員集まる巨大ホールで発表される。 イピリムマブの研究成果は、まさにこのプレナリーセッションの一演題として、発表された。当時参加していた医師の多くが、「まさか免疫療法がASCO年次総会のプレナリーセッションに選ばれる日が来るとは思わなかった」という心境だった。
免疫チェックポイント機構とは
多くのがんは、抗腫瘍免疫応答を回避するため、幾つものメカニズムを発達させている。そのうちの一つが、免疫チェックポイント機構である。これは、がん細胞や抗原提示細胞(APC)が免疫応答を抑制する様々な分子を発現し、がんに対するT細胞の活性化を抑制するメカニズムである(図1)。その中で最もよく知られているのが、CTLA-4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)/B7経路とPD-1 (programmed cell death protein1)/ PD-L1 (programmed death-ligand 1)経路の二つである。
ナイーブT細胞の抗原認識とリンパ球活性応答は、APC上に存在するペプチドMHC複合体のT細胞レセプター (TCR)による認識から発生するシグナルと、APC上のコスティミュレーターであるB7-1やB7-2とナイーブT細胞上に発現するCD28レセプターによって同時に発生するシグナルによって開始する。そして、この応答に対して抑制しようとしているのが、T細胞上に発現するCTLA-4分子である。CTLA-4はB7-1, B7-2に対する高アフィニティのレセプターであり、B7/CD28経路を阻害することにより、T細胞の活性化を抑制する(図2A)(2)。局所におけるがんの免疫微小環境において、PD-1レセプターは、長期に抗原認識されたエフェクターT細胞上に発現し、がん細胞上などに発現したPD-L1やPD-L2と結合し、エフェクターT細胞に抑制する(図2B)(2)。
現在の免疫チェックポイント阻害剤の承認状況
免疫チェックポイント阻害薬は、がん免疫抑制機構に関わる分子である、CTLA-4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)分子、PD-1 (programmed cell death protein1)分子と、そのリガンドであるPD-L1 (programmed death-ligand 1)分子などの阻害抗体を用いた治療薬である。近年様々ながん種で、その高い治療効果が次々と報告されている (3-7)。
悪性黒色腫
切除不能な悪性黒色腫に対して、現在日本では、抗CTLA-4抗体薬であるイピリムマブと抗PD-1抗体薬であるニボルマブが承認されている。 イピリムマブは、ダカルバジンを含む前治療不能例に対し、gp100 (ワクチン療法) vs. イピリムマブ単剤vs. イピリムマブ + gp100の3群によるランダム化比較第III相試験が実施された。この結果、gp100群に対し、イピリムマブ単独投与群において統計学的有意差をもってイピリムマブ単剤の全生存期間(OS)の延長が示された(イピリムマブ vs. gp100: 10.1 vs. 6.4か月, ハザード比 [HR] 0.66, p=0.003)(7)。この結果を受け、日本では、2015年7月に根治切除不能な悪性黒色腫の適応で承認された。ニボルマブは、前治療歴を有さない症例に対して、ニボルマブ単剤vs. ダカルバジンの2群によるランダム化比較第III相試験が実施され、統計学的有意差をもってニボルマブ単剤の全生存期間(OS)の延長が示された(ニボルマブ vs.ダカルバジン: 1年生存率72.9 vs. 42.1%, HR 0.42, p<0.001)(8)。この試験に先行する試験結果を受け、日本では2014年7月に、根治切除不能な悪性黒色腫の適応で承認された。
② 非小細胞肺がん
腎がんでは、(vascular endothelial growth factor receptor)VEGFR阻害薬による治療歴を有する症例を対象として、エベロリムスvs. ニボルマブを比較したランダム化第III相試験が実施された。その結果、ニボルマブが統計学的有意差を持って全生存期間を延長したことが報告されており、近い将来、日本でも承認が見込まれている。また、抗PD-L1抗体薬であるatezolitumabは膀胱がん、肺がんを始め様々ながん種で臨床試験が実施されており、開発が進んでいる。
その他のがん種
偽陰性による不利益は、治療の遅延である。偽陰性は、撮影・読影技術、病変の位置や形状や性質、高濃度乳房(デンスブレスト)などによって起こる。近年、その中の高濃度乳房が話題になっている。マンモグラフィでは、乳腺組織と脂肪組織の割合と分布を、乳房の構成として評価し、「脂肪性」「乳腺散在」「不均一高濃度」「極めて高濃度」の4つに分類している。そして「不均一高濃度」と「極めて高濃度」を高濃度乳房と定義している。高濃度乳房では、腫瘤が乳腺組織で見えなくなることがあり、マンモグラフィ検診の感度が低くなる。高濃度乳房は、欧米人に比べ日本人、高齢者に比べ若い人に相対的に多い。 高濃度乳房はその人の乳房の個性(体質)であり、病気ではない。そのため、検診では高濃度乳房であっても、要精密検査にはならない。保険診療の対象でなく、乳房超音波検査などの追加検査を行う場合、自費検診になる。最近、その人の乳房の構成、特に高濃度乳房について、その人にお知らせすべきかが議論になっている。高濃度乳房の判定基準が確立していない、高濃度乳房とお知らせしても、その後何をすべきかのコンセンサスがないなどの理由で、お知らせするのが時期尚早とする意見がある。一方、高濃度乳房を含めた乳房の構成は個人の知る権利であり、まず、個人にお知らせすることが大切であるとの意見がある。
今後の課題
免疫チェックポイント阻害薬は、様々ながん種の標準治療を大きく変え、パラダイムシフトを起こした。しかし、従来のイメージにあるように「免疫療法=副作用が軽い治療」というわけではなく、下痢、皮疹、間質性肺炎、下垂体炎など特徴的な免疫関連の副作用が出現することが知られている。このため、専門医によるしっかりとした安全対策が必要である。また、これらの薬剤がどのような症例に効果が出るのか、効果予測因子が未だ同定されておらず、今後の研究課題である。 最後に、これらの薬剤は総じて高額である。例えば、非小細胞性肺がんに対するニボルマブの用法用量は、3mg/kgを2週間毎投与である。体重60kgの患者の場合、一回の投与量180mgは約130万円の薬価となる。仮に1年間投与されたとすると総額は3120万円となる。今後、医療経済学的な観点での議論も必要である。
参考文献
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 [cited 2016 5/1]. Available from: https://http://www.pmda.go.jp.
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