作成者:聖マリアンナ医科大学附属研究所 ブレスト&イメージング先端医療センター附属クリニック院長
福田 護
はじめに
厚生労働省は、がん予防重点教育及びがん検診実施のための指針(2016年2月4日一部改正)で、「乳がん検診の検診項目は、問診及び乳房エックス線検査とする」と明記した。2000年に導入した視触診+マンモグラフィから、マンモグラフィ単独検診へ舵を切ったことになる。そこで、マンモグラフィ検診の利益と不利益について簡単に記述したい。
1.マンモグラフィ検診の利益
マンモグラフィ検診の利益は、乳がん死亡率の減少効果である。現在乳がん検診で死亡率減少効果が認められるのは、40歳以上のマンモグラフィ検診だけである。報告によって異なるが、約20%程度死亡率減少効果があると考えられている1)。ただ、評価対象になっているのが診断能力の低いマンモグラフィを用いた古い研究であり、現状を反映していないとの批判がある。その一方、乳がん治療の進歩により、早期発見による死亡率低下は以前ほど大きな意味がないとの考えもある。死亡率減少以外の利益として、乳房温存療法の施行や化学療法の省略によるQOLの高い治療、治癒することによる社会の活性化、乳がん患者の医療費の削減などがある。
2.マンモグラフィ検診の不利益
マンモグラフィ検診の不利益として、過剰診断、偽陽性、偽陰性、放射線被曝、疼痛などがある。
(1) 過剰診断
過剰診断はその人の生命に影響しない乳がんの発見・診断である。マンモグラフィ検診発見乳がんの10?30%が過剰診断であると考えられている。過剰診断になる理由として、①乳がんの成長がゆっくりとしている、②検診受診者が高齢で乳がんの症状が現れる前に他病死する、③検診技術の進歩により非常に早期の乳がんが発見される、などがある。実際、マンモグラフィ検診発見乳がんには、成長がゆっくりとしたルミナールタイプが多いことが知られている。また、検診技術の進歩により非常に早期な乳がんが発見することが、過剰診断につながる例として非浸潤性乳管がん(DCIS)がある。Low-grade DCISに対する非手術群と手術群の10年生存率は、98.8%、98.6%と両群間に差がない(p=.95)、と報告されている2)。現在大多数のLow-grade DCISに手術が行われている。したがって、Low-grade DCISに対して過剰診断・過剰治療が行われている可能性がある。しかし現状は、生命に影響しない乳がんを適確に診断する方法が確立されていないため、概念としての過剰診断と過剰診断を避ける医療技術との間に大きなギャップがある。
(2) 偽陽性
偽陽性による不利益は、不必要な精密検査による時間的・経済的負担、身体的・精神的苦痛である。偽陽性率は受診者の5?10%に認められる。偽陽性率は、マンモグラフィ単独よりマンモグラフィに視触診や乳房超音波エコーを加えた方が高くなる。
(3) 偽陰性 特に高濃度乳房について
偽陰性による不利益は、治療の遅延である。偽陰性は、撮影・読影技術、病変の位置や形状や性質、高濃度乳房(デンスブレスト)などによって起こる。近年、その中の高濃度乳房が話題になっている。マンモグラフィでは、乳腺組織と脂肪組織の割合と分布を、乳房の構成として評価し、「脂肪性」「乳腺散在」「不均一高濃度」「極めて高濃度」の4つに分類している。そして「不均一高濃度」と「極めて高濃度」を高濃度乳房と定義している。高濃度乳房では、腫瘤が乳腺組織で見えなくなることがあり、マンモグラフィ検診の感度が低くなる。高濃度乳房は、欧米人に比べ日本人、高齢者に比べ若い人に相対的に多い。 高濃度乳房はその人の乳房の個性(体質)であり、病気ではない。そのため、検診では高濃度乳房であっても、要精密検査にはならない。保険診療の対象でなく、乳房超音波検査などの追加検査を行う場合、自費検診になる。最近、その人の乳房の構成、特に高濃度乳房について、その人にお知らせすべきかが議論になっている。高濃度乳房の判定基準が確立していない、高濃度乳房とお知らせしても、その後何をすべきかのコンセンサスがないなどの理由で、お知らせするのが時期尚早とする意見がある。一方、高濃度乳房を含めた乳房の構成は個人の知る権利であり、まず、個人にお知らせすることが大切であるとの意見がある。
3. マンモグラフィ検診の真の利益
2009年、米国予防医学専門委員会(US Preventive Services Task Force, USPSTF)は、乳がん検診の推奨度は真の利益(真の利益(net benefits)=利益(benefits)-不利益(harms))で決定すべきである報告した3)。その上で、40歳代のマンモグラフィ検診は、死亡率減少という利益を認めるものの、不利益の大きさを考えると、推奨しない(推奨度 グレードC)とした。この報告は、大きな衝撃を与えると共に、現在マンモグラフィ検診制度を考える基本になっている。
主要文献
Independent UK Panel on Breast Cancer Screening. The benefits and harms of breast cancer screening: an independent review. Lancet 2012; 380:1778-86.
Sagara Y, Mallory MA, Wong S, et al. Survival Benefit of Breast Surgery for Low-Grade Ductal Carcinoma In Situ: A Population-Based Cohort Study. JAMA Surg. 2015; 150(8): 739-45.
US Preventive Services Task Force. Screening for breast cancer: U.S. Preventive Services Task Force recommendation statement. Ann Intern Med 2009; 151:716-26.
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