作成者:獨協医科大学 地域医療教育センター教授
西山 緑
はじめに
我が国の2018年の65歳以上人口割合(高齢化率)は28.1%でまさに超高齢社会である。人生90年を「美しく老いる」ためには、60代からどう生きるかが大きく影響する。「老い」は死と同様に誰にでも必ず訪れるものである。しかし、個々の身体的、精神的、社会的背景因子により老いの変化は大きく異なってくる。
フレイルの「あいうえお」とは
2014年に日本老年医学会は、加齢に伴い弱ってくる状態を「フレイル」と定義した。「加齢とともに心身の活力が低下し、生活機能が障害され心身の脆弱性が出現した状態」がフレイル(Frailty)である。フレイルが進むと要介護状態になるが、一方で適切な介入により健康な状態に戻ることも可能である。そのため、健常あるいはやや虚弱な高齢者に対して治療より予防に重点が置かれるようになった。しかし、この予防は「フレイルにならないようにする」ものではなく、「フレイルになるのを遅らせる」ためのものである。
ここではその予防対策について、「あ(握力)、い(生きがい・意欲)、う(運動)、え(栄養)、お(オーラルフレイル)」の5つの重要項目にわけて解説した。
あ:「握力」について
握力はフレイルの診断基準にも含まれている大切な項目である。日本版の評価基準は、男性<26kg、女性<18kgである。しかし要介護状態にない65歳以上の握力を測定すると過半数が欧米人並みの男性30kg、女性20kgを超えている。そのため、健康を維持するための目標値として男性30kg、女性20kgとした。この数値で高握力群と低握力群に分けて比較すると身体機能を測定する開眼片足立ちやTimed up & go testに有意差が見られた。さらには、認知機能や口腔機能にも関与していた。
また、「健康状態が良好である」と感じる主観的健康感に握力が影響していた。握力は身体機能と相関が高く、手の運動だけではなく体全体の筋力運動をすることで向上する。さらに、握力を意識してタオルやビニールボールをつかむ運動を日常的に取り入れても効果的である。まずは、握力の維持と向上がフレイル予防の目標となる。
い:生きがい・意欲について
「わけもなく疲れたような感じがする」というような主観的疲労感が、フレイルの診断基準に含まれている。この疲労感や倦怠感は、うつ状態からくることが多い。特に、独居高齢者は孤独から抑うつ的になることもある。このような場合、介護予防事業への参加を働きかけることが効果的である。また、近隣の民生委員や同じ自治会の人たちが外出を促す活動の場を作ることも勧められる。自治会単位で行っている小学生の見守りや資源ゴミ回収などは、地域貢献という思いが力となる。日本食生活協会が推進する地域の「シニアカフェ」は、高齢者の集いの場を提供している。このような文化活動や地域活動は、生きがいや意欲を取り戻すきっかけとなる。
う:運動について
高齢者に日常的な運動について尋ねると、ほとんどが「ウォーキング」と答える。ウォーキングは有酸素運動であり生活習慣病予防には最適なものである。しかし、フレイルの診断には握力や足の速さが含まれており、有酸素運動では改善できない。そこで、有酸素運動に加えてレジスタンス運動である筋力トレーニングを組み入れることがフレイル予防につながる。市町村ではトレーニングジム費を助成することを始めている。
また、ある自主グループでは「いきいき百歳体操」を取り入れている。「いきいき百歳体操」は、平成14年に高知市が開発した重りを使用した筋力体操である。椅子に腰かけ腕や足に重りをつけて歌いながら筋力運動を行っている。実際行っている方々に伺ったところ、「明るくなった」「力が出てきた」「友達ができた」と良い評価を得ていた。
え:栄養について
フレイル予防には筋肉量を維持することが必要である。高齢者に必要な1日の蛋白質量は男性60g女性50gである。年を取ると主食と副菜が増え、蛋白質を取る主菜が減ってくる傾向がある。そのため、肉、魚、卵などを意識的に摂取することが必要である。また、加齢により筋肉を作る力が低下するため合成と分解のバランスが崩れて筋肉量が減少してくる。そこで良質な蛋白質合成を構成する必須アミノ酸の補充が必要になる。その中でも、筋肉の保持と合成に関与する分枝鎖アミノ酸(BCAA:バリン・ロイシン・イソロイシン)の効果が高い。BCAAは、まぐろ、かつお、鶏肉、牛肉、卵、大豆、チーズなどに多く含まれる。通常の食事に卵、チーズ、納豆、豆腐等を足して「ちょい足しメニュー」とするのも良い。さらに、BCAA摂取と運動を同時に行うことで筋肉を維持することができる。
お:オーラルフレイルについて
オーラルフレイルには4段階あり、「口の健康への意識の低下」からの歯の喪失が第1段階、滑舌低下や食べこぼしやむせなどの「口の些細なトラブルの連鎖」が第2段階、咀嚼機能、咬合力、嚥下機能等の「口の機能低下」が第3段階である。第4段階は摂食嚥下障害であり「食べる機能の障害」であり、すでに要介護状態である。
第1段階や第2段階の早期に気づいて予防することが大切である。元気がなくなり声が小さくなることは、第1段階で気づけるサインである。口の健康を意識し、気持ちを明るく前向きにするためには、コーラスや朗読の会で腹式呼吸を身につけて大きな声を出すことが勧められる。食事中に食べこぼしやむせることが多い第2段階の人は、食事の前に口腔体操をすることが効果的である。
参考文献
フレイル診療ガイド2018年度版. 編集主幹:荒井秀典,ライフサイエンス.
金 憲経:【運動器の健康と栄養】 アミノ酸と運動器の健康(解説/特集).整形・災害外科61(9), 1055-1064, 2018.
平野浩彦: オーラルフレイル解消によるQOL向上への取り組み. 臨床栄養 134 (5), 578-582, 2019.
Comments