「大学人から地域医療従事者への転身」
初のグラント獲得
昭和53年に東京女子医大を卒業した私は糖尿病センターに入局し、受賞させていただいた昭和59年には米国BostonにあるJoslin糖尿病研究所にresearch fellowとして留学していた。留学先のC.Ronald Kahn博士の研究室はインスリン受容体から始まるインスリン作用に関する研究のメッカのような所で、数多くの留学生が集まっている活気のあるlaboであった。それだけに研究成果を挙げ、論文を書かないとボスに声もかけられなくなる厳しい部分もあった。
昭和58年夏に留学した私は、インスリン受容体のリン酸化の実験に明け暮れ、とても充実した日々を送っていた。2年目の夏休みに日本に一時帰国する折、Kahn博士から思いがけないことを言われた。研究室のfellowとしてgrantを休暇中に探して来い、との命であった。規模は問わないが何とか探せ、と言われたのだ。考えあぐねた私は、帰国後すぐに平田幸正教授と大森安恵教授に相談した。その時、大森教授が教えてくださったのが、本学術助成の存在である。
Kahn博士の命を無事に守ることのできた私は、その後Protein kinase Cとインスリン受容体との関わりに関する2つのpaper(文献1、2)とPima Indianの脂肪細胞インスリン受容体の機能を検討したpaper(文献3)をpublishすることができた。
昭和61年、帰国して糖尿病センターに戻った後は、めまぐるしい臨床の現場に身を置きつつ、並行して生化学的な実験を続行するのは生易しいことではなかった。でも、大好きな実験を続けたいために、その頃まだ東大にいらした春日雅人先生のlaboに間借りしながら研究を続け、インスリン受容体抗体のインスリン受容体リン酸化への影響に関するpaper(文献4)をまとめた。
女性のライフイベントと医師としての道
話がそれるが、女医には医師としての道と女性として歩む道がある。実のところ、若い頃の私の人生設計には結婚や出産というイベントは登場しなかった。常に仕事優先の20代であったが、アメリカに行って考え方が変わったのだから人生何が起こるかわからない。文献4をまとめた頃、34歳で結婚し、36歳で長男を出産した。糖尿病センターはその頃、平田幸正教授から大森安恵教授へ所長のバトンが渡された。大森教授の元で出産直後の私は病棟長、ついで医局長を務め、38歳のときに講師に昇格した。
その頃は、役職を全うすることと後輩の指導をすることに躍起になっており、子育てをしながら孤軍奮闘の日々であった。長男が生まれた頃、夫は今私が勤務している常陸太田市にある病院の院長として働いていたので、ベビーシッターや叔母の助けを借りながら専ら一人で育児を行うしか道はなかった。心身共に疲れた時期だったが、大学人でありたいという気持ちが強かったので、夫には弱音を吐くまいと心に決めていた。
しかし、好きな実験に割ける時間は徐々に減っていき、研究活動に陰りが生じたことは認めざるを得ない。大森所長の名声によって集まった糖尿病妊婦さんの胎盤インスリン受容体を精製して健常妊婦胎盤のそれと機能を比較したpaper(文献5)を何とかまとめたのは、息子が4歳の時であった。大学だけは絶対に辞めたくないと思っていたが、single motherのような生活に不安を覚え始めたのもその頃であった。このまま息子を一人できちんと育てられるのか自信がなかったし、両親が揃っている環境で育てたいという気持ちが強かった。結果、自分の医師としての道を曲げるしか手立てはなかった。
地域医療の中で糖尿病専門医を育てる
あれから15年、大きく路線を変更した私は今、茨城北部にある西山堂病院の副院長として循環器専門医である夫とともに働いている。15年前には300人くらいであった糖尿病患者さんは今では1000人に膨れ上がり、時代の流れを感じさせる。大好きな実験はさすがにできないが、多くの患者さんを通して糖尿病の病態や治療薬の効果を日々見つめ、糖尿病専門医として地域のドクターたちに定期的に講義をし、糖尿病センターで研鑽を積んだおかげで糖尿病研修指導医を取得できたため糖尿病認定教育施設の資格を得て、若いドクターたちを糖尿病専門医に育成することが今の楽しみである。
留学時代のボスであったKahn博士から学んだことは数多くあるがそのうちの一つは、どんなに短い講演でも必ずstoryが必要ということ。茨城の片田舎で働く身であっても、講演の原稿を練る時、若いドクターたちの学会発表の原稿を作成する時にこの教えが生きていることを感じる今日この頃である。
<文献>
1)Takayama S, et al :Phorbol esters modulate insulin receptor phosphorylation and insulin action in cultured hepatoma cells. Proc. Natl, Acad.Sci U.S.A 81, 7797-7801
2)Takayama S. et al :Phorbol ester-induced serine phosphorylation of the insulin receptor decreases its tyrosine kinase activity. J. Biol. Chem. 263, 3440-3447
3)Takayama S. et al :Alterations in insulin receptor autophosphoylation in insulin resistance: correlation with altered sensitivity to glucose transport and antilipolysis to insulin. J Clin Endocrinol Metab 66:992-999
4)Takayama-Hasumi S. et al : Antibodies to the insulin receptor can stimulate tyrosine phosphorylation of the beta-subunit of the insulin receptor and a 185,000 molecular weight protein in rat hepatoma cells J Clin Endocrinol Metab 68:787-795,1989
5)Takayama-Hasumi S. et al :insulin-receptor kinase is enhanced in placentas from non-insulin-dependent diabetic women with large-for-gestational-age babies. Diabetes Res.Clin.Prct 22:107-116
キーワード:糖尿病、インスリン受容体、糖尿病認定教育施設