「受賞から21年の軌跡」
受賞は地道な努力への評価
大阪大学医学部病理学第2講座(当時)に在籍中、第9回日本女医会学術研究助成を課題「標的細胞の性ホルモン依存性増殖の分子機構」でいただき、それからもう21年になる。現在は、大阪府立成人病センター研究所病理学部門長、研究所・病院共同研究連携室長、大阪大学大学院薬学研究科環境病因病態学分野(連携講座)招へい教授を務めている。ここ数年兼務とデスクワークが増え、研究に以前ほど時間を割けないが止めずに続けている。研究助成をいただいた課題で樹立・使用した細胞は、今も研究室の実験系として活躍すると同時に、薬剤開発における基礎研究の系として海外を含む大学・企業で働いている。研究テーマは当時の成果を発展させたものである。
大阪大学医学部卒業後、内科で研修し出産。3ヶ月の休暇後、内分泌グループに戻り、アメリカ留学から帰国された大先輩の指導の下、ステロイドホルモン特に性ホルモンの作用機構に関する研究を開始した。私の研究生活は方法も原理も知らない「ゼロ」の状態から始まったのである。悪戦苦闘の状況の中で痛いほど実感したのは、実験を始めから終わりまで一人でこなせることが、自分の予定に合わせて実験時間を自由に配分出来ることにつながるというごく当たり前のことであった。しかし、私は実験に関しては全くの素人。当時、今では数多く出版されている実験マニュアル本は皆無に等しく、試薬や装置のメーカーが作製したパンフレットや冊子(下手な本よりわかりやすい)を集めて読みまくった。
内科に約10年在籍した後、共同研究先であった病理の教授から声をかけていただき病理に移った。私に組織学や病理学などの形態系分野で必要なセンスがあるとは思えず、研究も少しずつ進み生活のペースも落ち着きつつあったので、苦手に近い分野に移り新たなペース作りをしなければならないことに大いに迷った。しかし大先輩の「新しい環境下では、そこに適応しようと地道に努力するしかない。若いうちこそそれが可能で、将来の大きな財産となる」という言葉に後押しされた。大丈夫だろうかと不安でいっぱいであった。教授に勧められ応募した女医会の学術研究助成を頂戴したのはちょうどこの頃で、「評価していただけた」と心の中に1つの明かりが点り、もう少しやってみるかという気持ちになった。
自然体で研究をすすめていくこと
以後、研究に、学生教育に、育児にと無我夢中の日が続いた。この中で、研究に多くの時間を割くことのできる(研究に没頭できる)研究者を羨ましく思ったことも数え切れないほどある。しかし、羨ましく思っても、愚痴を長々とこぼしても、そのこと自体が解決策になるはずもなく、その間にも貴重な時間が失われてゆく。「研究に没頭できること」が研究テーマになってしまっては悲しい。また、頑張り過ぎて体調を壊しても、最後にケリをつけるのは自身である。振り返ってみて、あの時こうすればもっとよかったかなと思うことも数多くある。結果的にベストの選択ではなかったとしても、「あの時」は一生懸命考えた後の選択である。だから、誰も褒めてくれなくても自分だけは褒めてやることにしよう。こう考えた私は開き直り、なるようにしかならないと自然体に研究を進めてゆくことに決め、現在に至っている。定年まで後わずか。自分に出来ることを今一度考えてみたいこの頃である。
キーワード 病理学 実験 女性のワークライフバランス