「私の研究歴」
結婚、出産を機に神経耳科学の研究へ
平成3年に日本女医会から研究助成金を頂いた。本当にありがたい受賞であった。今回、若い女性医師のロールモデルになるべく、助成金受賞後の研究の発展、およびキャリアアップの状況報告をと、原稿の依頼があったわけであるが、開業して13年経った今、語るべき研究業績は無い。しかし、結婚して二人の幼い子供を抱えての研究活動については、いくつか若い先生の参考になることもあるかと思い筆を執ったしだいである。
昭和58年に東京女子医大を卒業し、同医大の耳鼻咽喉科医局に入局した。昭和60年3月に結婚。主人が獨協医大の皮膚科医だったため、昭和60年5月から獨協医大耳鼻咽喉科に移籍した。そのときから神経耳科学に興味を持ちめまい外来に参加した。昭和61年5月に長女出産。昭和62年7月に長男出産。医師になってから4年で二人の子持ちになってしまったため、病棟勤務が出来ない、つまり手術が出来ない耳鼻科医となったのである。当時の理解ある馬場廣太郎教授のおかげで、当直免除、外来専門になった。外科医としては半端な技術しか持たない自分に自信を持つために、神経耳科学にのめりこんでいった。
当時、誘発時音響放射という現象が聴覚医学会ではホットなテーマとなっていた。そのパイオニアである獨協医大越谷病院の田中康夫教授と、蝸電図のスペシャリストである西田裕明先生の下で研究を始めたのが昭和63年である。週1回越谷病院に通っての研究で、蝸電図と誘発時音響放射の関係を調べるのが私の研究テーマであった。蝸電図も誘発時音響放射も、他覚的に内耳機能を判定する検査法である。私たちは両者に速反応(fast response)と遅延反応(slow response)があることに注目し、速反応は内毛細胞、遅延反応は外毛細胞に起因するものではないかと考え、その証明のために、正常者および内耳障害症例の耳から両反応を測定し結果を比較検討した。更にモルモットの内耳で蝸電図をとり、様々な負荷を与え、速反応と遅延反応の変化を検討した。モルモットや試薬、記録媒体を購入するのに女医会から頂いた研究助成金は大変役立った。
家庭を持ちつつ仕事をすすめるために
平成6年6月、学位論文「誘発耳音響放射のslow componentと蝸電図のdelayed CMとの関係について」(耳展37,32~43頁)が掲載され、平成6年10月 学位授与された。平成8年4月、獨協医科大学耳鼻咽喉科講師に任命された。平成8年10月に開業したが、非常勤講師として週1回大学に通い、後輩医師の研究のサポートを行った。この研究の展開で二人の学位授与者が出た。
現在、誘発耳音響放射は確立した検査方法として広く用いられている。開業も13年目に入った今は、月に1~2回めまい外来を受け持ち、研究面では後輩の研究のアドバイザーにとどまっている。
当時、年に2~3回の学会発表をこなしつつ、大学病院の外来を毎日勤め、家庭に帰っては二児の母であり主婦であったため、多忙を極めた。家庭を持ちつつ仕事を進めるには ①配偶者の理解 ②家事・育児をサポートしてくれる人手 ③自分および家族の健康 が必要である。そして常に感謝の気持ちを周囲に伝えておくこと。若い女医の先生方の検討を祈ります。
キーワード:誘発耳音響放射 蝸電図 めまい外来