「リサーチ・マインドをもった臨床医をめざして
--日本女医会学術助成後の私のたどった道--」
常に臨床から新しい知見を見いだし研究を続ける
岐阜大学を昭和55年に卒業後、皮膚科に入局し、森俊二教授の元で、臨床の面白さを教わった。後任の北島康雄教授からは研究の意義と楽しさを学んだ。昭和63年から平成2年の2年間、夫の留学に合わせて、ニューヨーク大学皮膚科Bertolino先生の研究室にお世話になった。当時5歳と1歳の子供を連れていたので、限られた研究生活であったが、研究に対する考え方など学ぶ点が多く、以後のリサーチ・マインドの基礎が築かれたように思う。
帰国後、医局長として、診療、研究、医局業務に追われていた。平成10年から大垣市民病院という、大変忙しい第一線医療の現場で、外来、入院診療に明け暮れる毎日を送っている中で申請し、平成11年度日本女医会学術研究助成をいただいた。これは、岐阜大学で行っていた天疱瘡の研究の延長線としての仕事であった。運良く、助成を受けることができ、この助成金を無駄にせず、しかも市中病院でできる仕事をと考えた結果、天疱瘡抗体価を院内で測定することとし、広く検体を集めた。その結果、健常人でも、ある薬剤を使用している人の中には抗体陽性を示す症例のあることがわかり、Clin Exp Dermatol 26: 441-445, 2001に論文として報告することができた。
その後も、病院に勤務しながら、physician-scientistをめざして、臨床から新しい知見を見いだしてきた(Arch Dermatol 140: 1500-1503, 2004)。さらにその後は、私自身の発想で、ヒトパルボウイルスB19感染症と慢性疲労症候群の研究(Dermatology 207: 48-50, 2003, Dermatology 216: 341-346, 2008)を行ったり、乾癬の遺伝子研究(Biochem Biophys Res Commun 310: 296-302, 2003, J Biol Chem 279: 12890-12897, 2004, Biochem Biophys Res Commun 318: 803-813, 2004, Exp Dermatol 14: 667- 674, 2005)を企業および大阪大学と共同でこつこつと行ってきた。平成17年からは皮膚科部長となり、院内での委員会活動、研修医指導など、診療以外でも忙しくなったが、終始、リサーチ・マインドを持ち続けたいと願っていた。そして、11年余の市中病院勤務の後に、たまたま、平成21年6月から岐阜大学医学部教授として母校に戻り、微力を尽くす機会が得られた。現在は臨床から得られる種々のテーマから研究を始めている。今後は若手研究者、大学院生の研究の手助けをしていきたいと考えている。
女性医師の支援プロジェクトも開始
大学のような研究機関以外に勤務していても、意欲さえあれば、大学あるいは企業との共同研究は可能である。また、臨床研究は目的と方法を選べばむしろ、大学より容易な場合もあろう。最も重要な点は、常に自分の直面する疾患、病態に疑問を持ち続け、論文を調べて、さらに種々の角度から探究しようという意欲であると考えている。どんなに小さな疑問であっても、自分で仮説を立て、実証できた達成感を経験すると研究は実に楽しい。医学の発展に役立つことを夢見つつ、やがて実を結ぶ可能性を信じて、細心の注意を払い、しかも粘り強く研究することを目標としてきたし、今後もそうしたいと願っている。
家事、出産、育児などのために、診療、研究において十分に力を発揮できない悩みを抱えた女性医師が多いことから、着任直後から、皮膚科女性医師支援プロジェクトを開始しており、また、岐阜大学医学部全体の女性医師支援にも積極的に関わっている。私にとって日本女医会学術助成は、研究に対する意欲の持続に欠かせない、貴重な機会であったと今でも感謝している。
キーワード:リサーチ・マインド 皮膚科 physician-scientist 女性医師支援