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2001.05.19 
第21回 平成12年度受賞 永野 千代子  

「私と小児の腎炎治療」
   

仙台赤十字病院小児科部長
永野千代子

腎臓医療との出会いと米国研究生活

 私は平成13年に「リゾフォスファチジン酸を介する腎炎の進展機構の解析」の課題により、日本女医会の研究助成金を頂いたが、腎炎と繋がりを持ちつつ続いてきた私の医療人生に思いを巡らせてみたい。
 私の腎疾患との関わりは昭和58年卒後に初期研修医生活を送った八戸市立市民病院にて始まった。当時IgA腎症は自然治癒が期待できるとされ安静臥床と食事療法が行われたが患者は余り良くならず、治せない小児疾患があることにもどかしさを感じつつ2年間の研修を終えた。その後、私は小児科大学院に進学し、以後5年間医化学教室(岡本宏東北大学名誉教授)に身を置いて基礎医学研究に没頭し、肝細胞、膵B細胞などの死滅・がん化・増殖などをテーマとして医学の難問を追及する精神を叩き込まれ、寝食を忘れて実験に明け暮れた。 
 平成2年に臨床現場に復帰後は宮城県腎臓医療のメッカである仙台保険病院に短期間勤務することになったが、腎カンファランスで田熊淑男先生(現仙台社会保険病院長)や堀田修先生(現IgA腎症根治治療ネットワーク代表)らの腎病理に対する慧眼に驚嘆した。腎疾患に惹きつけられるようにして平成4年に東北大学小児科腎研究のグループを根東義明先生(現東北大学医療情報学教授)と立ち上げ、尿中に落下してくるヒト尿細管上皮細胞を培養して機能研究するという新しい試みを始めた。この研究は今も若手小児科医に引き継がれ、また、作成した数編の論文は発表から10年近くも経っているにも関わらず世界各国から培養技術を教えて欲しい旨のメールが届くほどの広がりがある。
 その後私は平成6年に渡米し、マイアミ大学医学部腎研究部門(Murray Epstein教授)とジョンスホプキンス大学医学部生理学教室(William Guggino教授)の元で新しい研究をする機会を与えられた。マイアミ大学では、研究計画を自ら作って研究費を得るところからのスタートではあったが、たまたま図書館で目にした培養腎メサンギウム細胞を用いた腎炎モデルの研究に魅せられて実験計画を作り、メサンギウム細胞の増殖や収縮能研究に没頭した。懐の広いEpstein教授は最新鋭の設備を惜しみなく使わせてくださり、優秀な実験助手(Hayley Forster女史、難聴があったが後に米国で医師になった)との問答も楽しく、マイアミの青い空とラテンの愉快な人々に支えられた夢のような研究生活は多くの実りがあった。
 この時に思いついたリゾフォスファチジン酸によるメサンギウム細胞増殖機構はその後、私の中に腎炎の発症と進展を考える基盤となり、日本女医会によって与えて頂いた研究費は帰国後、データを数編の英語論文をまとめる際の追加実験、論文添削費用に活用させていただいた。Epstein教授は、出会いから15年を経た今でもまだ私の研究の遂行を気にかけてくださり、偉大な医学者の支援に私はただただ感謝するばかりである。

医療人生の中で得られたもの

 私は平成12年秋に現在の仙台赤十字病院小児科部長を命ぜられたが、たまたま出会った男児にIgA腎症の背景に根尖性歯周炎という歯科疾患があり、私に歯科病変と腎炎との関連を示唆してくれた。歯科疾患などは門外漢であった私であるが、その後、慢性腎炎(主にIgA腎症とヘノッホ・シェーンライン紫斑病/紫斑病性腎炎)の患者に潜在している歯科疾患(根尖性歯周炎)、耳鼻科疾患(鼻・副鼻腔炎と扁桃炎)の問題解決が腎炎根治の為には必要であろうと予測し、腎炎治療の傍ら、こうした部位の感染巣治療にあたった。結果は予測通り驚くべきもので、病巣感染巣治療は腎炎患者の治癒過程を著明に短縮させ、長いフォロー期間を経ても再発もないことから予後を改善できたと判断され、この結果はまとめて昨年から今年にかけて欧米誌に報告した。既にインターネットにより世界は狭くなっており、論文を読んだ南米の医師から電子メールを通じて医療相談されるなどの出来事があり、やはり"患者を治したい"医師の本能というものは世界共通なのだなあ、と感慨深いものがある。
 さて、全国的にも小児科医の不足は深刻であり、私の日常の殆どは所謂日常診療に明け暮れている。26年前に治せない腎炎の患者と出会い、悔しさを胸に素晴らしき臨床医や基礎医学者に出会い、力を尽くして技術を習得して思索し、薄皮を一枚一枚剥ぐようにして腎炎の病態や治療に対する理解が深まってきたように思う。こうした過程によって得られるものは金銭的な報酬というものではなく、まして地位や名誉といったものでもない。ただ、かつては治療する術もなかった疾患に対しきちんと病因と治療方針を患者に提示できるようになったという医師としての誇りと、学問によって人生が深まったという思い、そして、真摯な医療人仲間とも呼べる人脈である。日常業務が忙しすぎて学会出張する余裕のない私であるが、ここに書かせていただいた過程で得られた知見はコツコツと論文に書きためてきたので、興味がある方は参考にしていただけると幸いである(日本語論文は永野千代子、英語論文は旧姓Inoue CNという著者名で書いている)。

キーワード:IgA腎症、ヘノッホ・シェーンライン紫斑病、根治、メサンギウム細胞、小児


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