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日本女医会会長  小田 泰子

ようこそ日本女医会のHPへ

 この度、日本女医会はホームページをリニューアルしました。ご覧になるとおわかりのように日本女医会は多くの活動をしています。その活動の多くは全国の会員の皆様の参加によって支えられています。

 最近、医師不足を背景に女性医師の働き方が問われています。しかし、女性の役割は多く、一人の職業人として以外に妻、母、嫁、娘など多岐に亘ります。男性は職業人としてしっかり仕事をしていれば、夫・父・息子・婿などの役割を全く果たさなくても一人前の社会人として評価されますが、女性は期待される役割のすべてをクリアしなければ評価されません。

職業人として立派な業績を上げても家庭を顧みず、子どもの養育を放棄している女性は陰口を言われるのが世の中です。その重圧に耐えかねて職業人としての役割を放棄して家庭に専念する道を選ぶ女性も多くいます。これはそれまでの努力の蓄積を生かすことができない点で一個人としての損失であるばかりでなく、その人を教育した社会にとっても大きな損失です。いずれにしましても女性に対する社会の目は厳しいのです。

 学生時代に、ある先輩が私に「もしあなたが非難の対象になるような行動をしたら、それはあなたがしたのではなくて『女がした』と言われる。注意深く行動せよ」と忠告をしてくれました。今でもこの言葉は正しいと思います。女性は一人一人が後に続く女性のパイオニアなのです。同じ医師という職業を選んだ女性同士、手を取り合っていきましょう。

 日本女医会は皆様を支える頼りがいのある会であり、この会の会員であることに誇りを持てる会となることを目指して活動をしています。多くの先生の日本女医会活動へのご参加をお待ちしています。



日本の女医の誕生

 日本には遥か昔から医術に関わる女性がいましたが、近代を迎えて初の女性医師が誕生したのは1885(明治18)年で、医術開業の国家試験が行 われるようになった翌年のことでした。日本女性史に輝かしい歴史を刻んだこの荻野吟子(公許女医第一号)に続き、女性医師は徐々にその数を増しましたが、 公立医学校は女性の入学を認めませんでした。
 しかも病院は、国家資格を持った女性医師をも看護師、助産師と同等に扱いました。そこで、前田園子(公許女医 第12号、明治24年国家試験合格)が中心となり、女性医師の社会的地位の向上と研鑽のために、日本女医会を創設しました。1902(明治35)年のこと でした。
 1913(大正2)年に「日本女医会雑誌」創刊、翌1914(大正3)年に第一回日本女医会総会開催と次第に形を整え、1920(大正9)年に吉 岡弥生(公許女医27号)が会長に就任しました。吉岡弥生は1900(明治33)年に女性のための医学校「東京女医学校」(現・東京女子医科大学)を創設 した人です。
 戦前の日本女医会は、女性の社会的地位向上のための社会活動も活発に行い、1927(昭和2)年の婦人参政権運動で街頭アピールをし、1928(昭和3)年の第一回汎太平洋婦人会議には代表を派遣しています。



日本女医会の再建

 1950(昭和30年)5月、日本女医会再建第一回総会が開催されて、再び日本女医会の活動が始まりました。
 2002(平成14)年、日本女医会は創立百年を迎えました。この式典に際し日本女医会は第七代会長の橋本葉子先生の指揮の下、皇后陛下のご臨 席を仰ぎ、華やかに百周年の記念式典を挙行いたしました。この時、皇后陛下から日本に於ける女性医師の歴史と、女性医師の活動に関する懇切な心のこもった お言葉を頂きました。(写真)
 創設以来、日本女医会は、女性医師相互の研鑽・親睦および地位の向上、福祉の増進ならびに地域医療等の社会活動、国際交流と親善等を目的にしておりますが、その目的達成のために委員会を作って以下の活動を行っています。その主なものを記しますと

女性医師支援委員会

 これまでも女性医師のキャリアアップ、女性医師の働く環境向上のための情報発信・共有を行ってきました。今年は「医学を志す女性のためのキャリアデザインセミナー-ペーパードクターにならないで-」の開催準備中です。(ポスター)
 また、女性医師だけでなく、女性の地位向上、働く女性の環境整備等に視野を広げて、外務省と連携しての国際交流や、政府の男女共同参画政策に関する委員会へ代表派遣を行っています。

子育て委員会

 子どものちょっとした熱、怪我などで休日夜間に受診する親が増加し、小児医療の現場で対応しきれない状況が起こっています。日本 女医会は独立行政法人福祉医療機構から助成を得て、どのような時に時間外診療を求めるか、翌日まで待つべきかを教える冊子『どうしょう…子どもの救急』を 作成すると共に全国で講演会を開催し、小児医療の今後につなげる活動に取り組んでいます。

十代の性と健康を守る指導者の養成

 これまでも「十代の性と健康」指導者養成講座を開催してきましたが、今後も、思春期の子どもたちの支援、生と性教育を通じて次世代の健康を守る活動を続けます。

国際女医会

 1919(大正8)年に「万国女医会」(第二次大戦後「国際女医会」と名称変更)が創立されましたが、創立と同時に加盟していま す。国際女医会は、これまで「小児及び思春期における性教育」「老年婦人の問題」「更年期」「多様な文化圏での女性の健康」「医療、医学における女性」な ど、女性にまつわる多様なテーマで会を開いて来ました。
 日本女医会は1976(昭和51)年と2004(平成16)年との二回、日本で国際女医会を開催し ております。1976(昭和51)年の第15回国際女医会会長は小野春生先生(昭和22年東京女子医大卒、小児科)、現在の国際女医会会長は平敷淳子先生 (昭和39年東京女子医大卒、放射線科)です。これまで日本女医会から国際女医会に二人の会長を送ったことになります。
 2004(平成16)年の第26回国際女医会日本開催に際してましても皇后陛下のご臨席とお言葉を頂きました。



女医会入会の勧め

 「今、何で女医会か」という声があります。しかし、女性が医師国家試験合格者の30%以上を占めるようになり、医師不足が言われるにもかかわら ず、出産や子育てを機に職場に復帰できない、もしくはパート勤務にならざるを得ないなど、何年もかけて積み上げた医師としての技術を充分に発揮できない多 くの女性医師がいるのは事実です。
 社会に目を転じますと、多くの企業が一家の生活を支えるための十分なサラリーを一人の労働者に支払えなくなっています。男性が外で働き報酬を得て家庭を維持するという近代社会発展の基礎であった社会体制が崩壊しつつあります。
 家事を支援する便利な電気機器(炊飯器、洗濯機、掃除機、冷蔵庫…)を考案し普及させたのは誰でしょう。外食産業を普及させたのは誰でしょう。 それで、女性に考える時間を与えたのは誰でしょう。さらに遡れば女性に文字を、学問を教えたのは誰でしょう。女性に選挙権を与えたのは誰でしょう。…社会 全体のベクトルがすべて、女性の社会参画を促しています。
 社会は女性の力、援助を必要としています。人口は減少しつつあります。女性に子どもを生んで貰い、且つ社会で働いて貰わなければこの社会は成り立たなくなっているのです。現在の社会問題「少子高齢化」が象徴するように、私たちは歴史的な変換点を生きているのです。
 若い女性が直面している子育て、仕事の両立の前に立ちはだかる問題は、きわめて個人的で他者には介入できないことのように見えますが、個人的なことは社会的なことなのです。
 女性がジェンダーを意識するのは、医局を選ぶとき、就職するとき、昇進の時期を迎えたとき、小どもが生まれたとき等、いろいろあります。ジェンダーを否定することはたやすいのですが、克服することは容易ではありません。
 この社会が活気と健全性を維持し続けていくためには、子育て・介護などにおける女性の負担を軽減する社会全体の仕組みが必須です。女性医師だけではなく、女性みんな、そして男性も知恵を出し合い連携していかなければなりません。
 女性医師の皆さん、女医会に入会して女医会の活動を支持して下さい。自分のために、友人のために、後に続く女性医師のために。

e-mail: office@jmwa.or.jp
URL:http://www.jmwa.or.jp/

備考:2006年度統計資料から
   総医師数:270,371名
   女性医師数:44,628名  比率:16.8%


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